静岡は浜松にて、日蓮宗静岡西部声明師会さんのお招きで、ボイトレ研修会をさせていただきました°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°
3年前に京都の日蓮宗青年会さんで研修をさせていただいた時の記事をお読みいただき、お声をかけていただいた、嬉しいご縁です。

浜松国際ピアノコンクールの期間直前、の楽器博物館の上の階の講義室で開催でした。
わっくわくでしたが全くよそ見する暇なく、会場直行、終わったら即保育園お迎えで京都直帰でした。無念〜。
だから写真も何もない。無念。

声が大事なのに声を習わない

楽器博物館内の講義室。ひろ〜い

楽器博物館内の講義室。ひろ〜い

いろんなお坊さんがおっしゃることですが、「声について習ったことがない」「自己流でやっている」。
でも「お参りが続くと声が枯れる」「声明の高い音が出ない」などなど、お困りでいらっしゃることが多いです。
今回も、「1日中お参りしてると声がガラガラになる」「ご祈祷の時は声をセーブしないと枯れてしまう」といったご相談がありました。

それでも声の育て方もケアの仕方も習わないので、自己流で、がんばる。偉すぎ!

仕組みとケアの仕方を知る

というわけで、声の基本的な仕組みと育て方、ケアの仕方をお伝えしました。

前半の1時間、講義をしながらいくつか発声練習を行った後、声明をみなさんでお唱えしていただくと、
はじめより倍くらい音量が上がり、みなさんの実感としても、「発声練習する前は節の後半がガラガラしてきたのに、発声練習後はしなくなった」「低い音が降りきれていなかったのが、発声練習後はちゃんと降りれるようになっていた」と変化を感じていただきました。

実質、声を出したのは15分程度ですが、必要な刺激を入れるとちゃんと声は反応してくれます。

私は声明は評価する耳がないですが、最初バラバラだった音高が、発声練習後は勝手に揃っていたこともめっけもんでした。
音を合わせる練習はしていないんですけどね。
発声練習をすることで、決まった音に移る運動能力が上がると、音程取る練習をしなくても音程が良くなることもあります。

「ボイストレーニング」という言葉の齟齬

先日、今回の団体とは別の、ある僧侶の方とお話ししていた時に、「声明はボイストレーニングみたいに声を作らないんですよ。自然な声が必要」というような意味のことをおっしゃられたことがありました。

この「ボイストレーニング」という言葉が多義的で、いろんな意味の「ボイストレーニング教室」を開いているトレーナーがいて、受講者側にもいろんな意味の「ボイストレーニング」を想像している人がいて、必要な人に届かない原因でもあるなぁと思います。

誤解①ボイストレーニングは「声を作るもの」

「作る」んじゃなくて、今の声がおかれている環境を整備して、声を開拓して、育てて、どう操作するかを自分で理解して、必要な声を出せる自由度を上げていくボイストレーニングを私はします。
自由度が上がったら、その後、必要な声を選べばいいし、自由度が上がった後は、最初に「こんな声になりたい」と思ってた声とは違う声の方が魅力的に感じたり、選びたくなったりする。
必要な声はその時々で変わるし、自由度が高い声は枯れにくくなるので、長期的に見ても有用だと思っています。
 
だから、ジャンルを選ばないし、今稽古しているジャンルの邪魔をしません。
「声楽は生で大ホールでもオーケストラに負けずに届くから声楽の声は正しい。だから声楽の発声を作る」
「舞台俳優の声は歌ではなく喋る時には自然な声だから(以下略)」
「歌舞伎の発声は日本語の特性に合った自然な(以下略)」
ではなくて、人間の体から起きる声そのものを見ます。

そういう「作る」ような、あるジャンルにおける発声の型や、誰かにとっての「正しい声」(「本当の声」と言われたりもする)にはめていくボイストレーニングも、たしかにあります。だから見分けが難しいですね。

誤解②歌い方や話し方を訓練するもの

どう歌ったら[美しい / おしゃれ / かっこいい]か。
どう話したら[美しい / 伝わりやすい / 説得力がある]か。
といった、「ボイスを使ってどうデコレーションするか」という美学的な問題は、ボイス(音声)そのものの領域からは少しはみ出ます。
それはボーカルトレーニングやスピーチトレーニングとも言われますが、トレーナー側でもあまり区別されてない場合もあります。

美学の問題は、ジャンルによって様々なので、そのジャンルに専門性がある方に習うのがいいですね。
ジャズで美しい[歌い方 / リズムの取り方 / 言葉の発音の仕方]と、声楽でのそれ、
小劇場でのお芝居でちょうどいいそれと、ニュースのアナウンスでのそれは全然違います。

全部ごっちゃになっている現状

区別したいですが、なかなか難しいですし、「ボイストレーニング」以外にもっとわかりやすい言葉をなんか作ったらいいんかなと思いながら、発想が貧困なので結局「ボイトレ」を使い続けています。すみません。

お坊さんボイトレ、喜んで!

僧侶の方、声に関してお困りの方多いですし、なかなか先達に相談できない(してもよくわからない)方も多いですし、なのに毎日声を使わないといけない!現実的な問題です。
私としてもすごく楽しいんですよね〜。僧侶の方のボイトレレッスン、ご依頼お待ちしてます!

余談:声明はじめました(す)

僧侶の方は度々レッスンにいらっしゃるのですが、私としては「よく地声出るようになったね〜声量もだいぶアップしたね〜」と思っていても「先輩から”声が薄い”と言われた」とレッスンに戻っていらっしゃる方も多く、一体、声明で求められる声ってどんなんなんや????と長らく疑問でした。
なので声明をずっと習いたかったのですがなかなかどこで習えるのか、誰に習えばいいのかがわからず進まなかったのですが、この度ご縁があり!お出会いさせていただいたお坊さんの声明があまりに美しく、「あ、声明ってこんな美しいものなんだ」って青天の霹靂で、お稽古をつけていただくことになりました👏天台声明です。

わかりやすくしないでください、共通言語も探さなくていい、声明の世界をそのままに経験したいです、と先生にお伝えしています。
全く知らない世界、楽しみです!ゆっくりペースにしかならないと思いますが〜。